大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)54号 判決 1966年5月27日
株式会社三和銀行
理由
一、控訴人が、自己を受取人とする原判決末尾添付第一目録記載の(一)ないし(四)の為替手形四通を振出し、訴外中立産業株式会社の引受署名を得た上これを被控訴人に裏書譲渡したこと、被控訴人が右手形を訴外株式会社三和銀行(以下三和銀行と略称)に裏書交付し、同銀行が各満期に支払場所で呈示したが支払を拒絶されたので夫々公証人をして支払拒絶証書を作成させ、(一)の手形を昭和三五年一一月二八日に、(二)、(三)の手形を同年一二月一三日に、(四)の手形を同月三一日に、夫々被控訴人に返還し、被控訴人が現に右手形を所持していることは、当事者間に争がない。
二、そこで控訴人主張の抗弁について判断する。
(一) 時効の抗弁について。
控訴人は、本件(二)ないし(四)の手形は被控訴人において裏書人としての償還義務を果して前記各日時に三和銀行より受戻したものであるところ、被控訴人が右各手形につき本件支払命令の申立をなしたのは昭和三六年一二月六日であるから、右各手形上の権利は手形法七〇条三項所定の期間の経過により時効により消滅している旨主張するに対し、被控訴人は右各手形は取立委任の目的をもつて三和銀行に裏書交付し、不渡後同銀行よりその返還を受けたものであるから、被控訴人は償還者たる裏書人に該当せず、従つて右各手形金の請求権については手形法七〇条三項の適用はなく、未だ消滅時効は完成していない旨主張するので考えるに(本件(一)の手形金の請求については原審において請求棄却の判決があり、これに対し被控訴人より不服の申立がないから、当審においては同手形金の請求の当否については判断しない)、
原審証人橋本正信の証言(第一回)により成立を認める甲第一〇号証、同証言により三和銀行において事務処理上割引手形であるか、取立委任手形であるかを識別するため記入したものと認められる甲第二ないし四号証各手形表面上部欄外に記載の記号符号(抹消の分を含む)、及び右各手形裏書部分の記載に、右橋本証人の証言(第一、二回)、原審証人南肇一、同星野計治の証言を総合すると、本件(二)ないし(四)の手形は、当初被控訴人において三和銀行より割引を受け、同銀行に裏書譲渡したものであるが、引受人である訴外中立産業株式会社の信用状態が悪化し、不渡のおそれが生ずるに至つたので、被控訴人において買戻すこととなり、(四)の手形については昭和三五年一一月一七日、(二)、(三)の手形については同月二四日いずれも満期前の買戻しをなし、その後同年一二月三日に改めて右三通の手形の取立と不渡の場合の保全手続を同銀行に依頼してこれを交付したこと、そこで同銀行において右手形を各満期に呈示して支払を求めたが支払がなかつたので、保全手続をとつた上前掲各日時にこれを被控訴人に返還したこと、右買戻及び買戻後の取立委任については改めて手形面上戻裏書(又は被控訴人の裏書の抹消)及び取立委任裏書をなすことなく、従前の被控訴人より三和銀行に対する裏書をそのまま存置したこと、以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。
右認定の事実によれば、被控訴人と三和銀行との間には終局的には隠れた取立委任関係が存したものと認めるを相当とし、しかして被控訴人が同銀行より本件(二)ないし(四)の手形の返還を受けた関係は取立委任事務の終了に基くものであつて、裏書人としての償還義務を果して手形を受戻したものではないといわなければならない。
控訴人は、仮に現実に償還義務を果して手形を受戻したものでないとしても、被控訴人と三和銀行間における買戻し、その後における取立委任の関係は手形面上に表示されておらず、両者間の内部関係にすぎないから、本件(二)ないし(四)の手形上の権利は手形面に表示されている如く被控訴人より三和銀行に裏書によつて移転したものであり(そのことは隠れた取立委任裏書ありと見ても同様である)、右手形の最終所持人は同銀行であること明らかであるところ、被控訴人は不渡後に同銀行よりこれを取得したものであるから、手形法七〇条三項の適用については右は償還関係であると認むべき旨主張し、なるほど隠れた取立委任裏書にあつても手形上の権利は、通常の裏書におけると同様、裏書人から被裏書人に移転し、取立委任の合意は単に当事者の人的抗弁事由となるに止まるから、本件(二)ないし(四)の手形上の権利は三和銀行に移転し、満期当時における右手形の所持人は三和銀行であつたと認めなければならないけれども、そのことから直ちにその後被控訴人が同銀行から右手形の返還を受けた関係を償還ないしこれと同様の関係と認めることはできない。蓋し償還関係の有無は、当該当事者間の実質関係によつて認定すべき問題であつて、単に満期後に手形が所持人より裏書人に返還されたという外形的事実によつて決すべき問題ではなく、手形行為の効力は、当事者間の具体的意思如何にかかわらず行為の外形に従つて解釈せらるべきであるとの原則はこの場合には適用の余地がないからである(かく解するも手形法七〇条三項の適用につき他の手形上の債務者である裏書人及び振出人の利害に消長を来すものとは考えられない)。
ところで手形法七〇条三項の規定は、同法所定の償還義務を果たし、または該義務の履行につき訴を受けた裏書人がその前者である裏書人及び振出人に対し再遡求する場合の請求権の時効期間を定めたものであることは、同法四三条ないし五〇条、五三条、七〇条二、三項の諸規定を通覧することによつて明らかであるから(控訴人は七〇条三項に単に裏書人とのみあり、償還者たる裏書人と限定していないから同条同項はすべて裏書人の請求権について時効期間を定めたものである旨主張するけれども、独自の見解で到底採用し得ない)、被控訴人と三和銀行間に償還関係ありと認められないこと前認定のとおりである以上、被控訴人の控訴人に対する本件(二)ないし(四)の手形の請求権が同法七〇条三項所定の時効期間に服すべきものである旨の控訴人の主張は理由がなく、前認定の関係に基き三和銀行より右手形上の権利を取得しその所持人となつた被控訴人よりその前者である振出人兼裏書人たる控訴人に対する右各手形の請求権の時効期間は同法七〇条二項の規定によるべきものと解するのが相当である。ところで前掲甲第二ないし四号証によれば、右各手形は「無費用償還文句」ある手形であることが明らかであるから、本件(二)、(三)の手形の請求権はその各満期である昭和三五年一二月一〇日から、(四)の手形の請求権はその満期である同年同月二九日から各一年をもつて時効にかかるところ、被控訴人が右各手形につき本件支払命令の申立をなした日時は昭和三六年一二月六日であること記録上明らかであるから、右各手形の消滅時効はまだ完成していない。
よつて控訴人の時効の抗弁は理由がない。
(二) 弁済充当に関する主張について。
(省略)
(三) 相殺の抗弁について
(省略)